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Dakar2009 菅原生還
菅原義正さんは強運の男だ。19回の連続完走は強運でなければ達成できない偉業だが、20回連続完走を狙った今回ばかりは「もう駄目か」と思った。SS6の砂丘の中でドライブシャフトを折り、立ち往生。もうリタイヤしかないのか―、と多くの人が思ったが、それこそ奇蹟のようにバルラレイソ(チリ)のキャンプに9日(現地時間)たどり着いた。
モンゴル・ラリーなどを主催する四国の山田徹さん(SSER代表)と9日の夜電話で話したのを思い出す。
―菅原さんはドライブシャフトを折って、砂丘で立ち往生ですね。
山田「何度も衛星電話をかけたんですが、通じないんです。トランスファーが壊れたのではなく、前輪のドライブシャフトの1本が折れて、3輪になり動けないようですよ」
―7日に菅原さんと話したところ、急がずしっかり走るので大丈夫です、と言っていたその日にトラブルだった。今度ばかりは駄目かな。
山田「いーや、分かりませんよ。あの人は何とかするでしょう。そうあって欲しいですよ。ひょっこり出てくることを期待しましょう」
菅原さんが止まっていたのはSS6の砂丘。SS7(9日)はアルゼンチンのメンドサから国境を越えて、チリのバルパライソへ419kmのSSが予定されていた。しかし、降雨の影響による路面状況悪化でカミオンの競技はリスクが高すぎるとしてキャンセルになった。2輪、4輪は距離を短縮して競技が実施されたのだから、神は大ベテランを「見捨てなかった」し、救いの手を差しのべたと言うところだ。
砂丘をやっと抜け出した菅原さんは9日、息子照仁さんの日野レンジャーとともに約800`を移動して無事バルパライソのビバークに到着し前半戦を終了した。10日は中間休息日で競技は行われないので、菅原さんの車も生き返って後半戦に入ることになる。
「7日のトラブルで動きがとれなかったが、どうにか砂漠から脱出した。しかし、8日は車のトラブルが治ったわけではないのでSSに入らなかった。何らかのペナルティが課されるでしょうが、まだ分かりません。とにかく後半戦もベストを尽くすつもりです」と話している。
既にサービス・メカニックは菅原さんのフロントデフ周辺の部品交換も終わり、砂丘の走行も問題ないように修復したという。完走するのがいかに困難か、身をもって示した菅原さんの後半に期待しよう。
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