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Motor Sports
Paris-Dakar Rally 
ダカール・ラリーにテロの脅威

 08年ダカール・ラリー(5〜20日)にテロ、誘拐の危険が迫っています。モーリタニアでアルカイーダ系と見られるテロリストの攻撃が繰り返され、12月24日と26日にそれぞれ4人ずつ、8人が射殺されました。開催が心配される中で主催者(ASO)は予定通りのコース、日程でラリーを開催することを29日に改めて発表しています。
 ASOとモーリタニア、フランス両国の治安当局者らがヌアクショットでラリーの安全性について意見交換を行い、ラリーを予定通り開催することで合意しましたが、モーリタニア北方や長いスペシャルステージが開催される砂漠地帯では、ことに注意が必要との見方を示しています。
 これまでも反政府勢力や武装強盗団の出没で、被害にあったり、コース変更などがありましたが、今回の状況は深刻です。24日にはフランスのツーリスト4人がヌアクショットに近いアレグ近郊で射殺され、26日には北部地域でモーリタニア軍兵士が襲撃を受け、4人が死亡しています。
 アルーアラビア・テレビは「犯行はアルカイダの北アフリカ組織」が行ったものと報じ、モーリタニア当局もアルジェリアに拠点を置イスラム過激派組織と見ています。「イスラム・マグレブ諸国のアルカイーダ組織」が正式名称で、テロ活動や誘拐を盛んに行っている「布教と聖戦のためのサラフ主義集団」が07年1月に改名したものです。
 アルカイーダとリンクする戦闘集団はアルジェリア、モロッコなどで活動を繰り返してきましたが、その勢力範囲を拡大。サハラ砂漠南部のマリ、モーリタニア、セネガルでの活動も開始したと見られています。
 「ラリーは予定通り1月5日にリスボンをスタートする。モーリタニアに入国するのは、1月11日になる」とラリーの安全担当者、ロジェール・カロマノビッツさんは言っています。去年はラリー参加者を誘拐するとの情報や、アルジェリアの武装集団がマリを経由して、ダカール・ラリーを待ち伏せする兆候を治安当局がキャッチしたため、2カ所のSSがキャンセルされています。
 24日に発生した事件では5人が逮捕されていますが、2人はセネガルへ逃亡しました。モーリタニア検察当局は、逃げた2人は「イスラム・マグレブ諸国のアルカイーダ組織」に所属するモーリタニア人で、2006年にテロリスト容疑により逮捕されましたが、証拠不十分で釈放された人物と断定しています。この組織は12月11日にアルジェリアで発生した連続爆破テロ事件の犯行声明も出しています。
 ダカール・ラリーは過去、テロや誘拐、強盗を避けるため、アルジェリア、ニジェール、マリなどの走行を中止してきましたが、ついにモーリタニアでも、週に連続2度のテロ攻撃で8人が射殺される事態です。30回を迎える08年ラリーは、安全に競技が出来ると言われ、残された最後のモーリタニア砂漠にも誘拐やテロの危険が迫ってきていることを示しています。

筆者:中島 祥和 筆者HP







【パリダカ事件簿】
1986年主催者のティエリー・サビーヌさんが、ヘリコプターで移動中に砂漠に墜落して死亡。
1991年マリ、ニジェール国境付近で、トラックで参加していたフランス人のC・カバンさんが、ガオ近くの村で狙撃されて死亡。
1996年モロッコ南東部のフームエル・ハサンからエル・スマラまでの地点で、トラックで参加していたフランス人のローラン・ゲガンさんが地雷を踏み横転、焼死。
同年三菱のトラックがマリとモーリタニアの国境付近で狙撃され難は逃れた。5発の弾痕がフロントグラスとサイドウィンドウに残り、1発はドライバーとすぐ後ろの席にいた乗員の間を通過している。
1998年トラック計7台がバズーカ砲、自動小銃を持った7〜8人の盗賊に襲われた。トラック1台、車2台が強奪された。
1999年モーリタニアのティシット近くで約50台の車が捕らえられ、プレスカー2台、テレビクルーの車2台、トラック3台、バイク1台が強奪された。参加者の金品も奪われた。
2000年ニジェールに入ったところでテロ、または反乱部族がパリダカを襲撃するとの情報が入り、リビアへトラックを含めすべてをロシアの超大型輸送機、イリューシン2機でピストン輸送。
2001年モーリタニアでSSスタート地点にいた増岡に銃が向けられ、通行料の支払いをオフィシャルに要求。全員無事にスタートしたが、1台50jの通行料を、結果として強奪された。
2007年モーリタニアからマリへ入国するルートが、突然キャンセルされた。SS2カ所をやめモーリタニア国内からセネガルへとコースを変更している。テロ集団の動きを治安当局がキャッチし、主催者に警告した。

※パリダカは1979年にパリからアルジェに上陸することで始まった。アルジェリアを南下しニジェール、マリ、などを経てダカールに至るサハラ縦断。その後もリビア上陸リビア砂漠、テネレ砂漠などサハラ砂漠の中心部を走破していた。しかし、アルジェリア、ニジェール、マリなどの治安問題、反政府組織、強盗団などの他、政治的な問題もあってコースは92年のパリ〜喜望峰を最後にモロッコから南下するようになった。2000年の事件以降はさらにコースは限定され、モロッコ、モーリタニアの砂漠が主戦場となっている。



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