Dakar 2008 ダカール・ラリー中止の背景(3)
08年ダカール・ラリーの中止が発表されて1週間も経たないうちに、南米のチリがサハラ砂漠に代わる“アタカマ砂漠”を中心とするラリー開催をアモリ・スポーツ・オルガニゼーション(ASO)に呼びかけている。また、ハンガリー、ポーランドなど東欧出の開催、パリ〜北京の復活なども話題に出て“ポスト・パリダカ”の動きは急だ。
チリ・ツーリズム・サービスのO・サントリチェス代表は1月14日にも、ASOへ手紙を送り、チリが国際的ラリー開催を望んでいることを伝える。ASOのスポークスマンは、この動きに対し「今後のラリーについては正式発表までコメントは出来ない」と語っている。しかし、チリ側は積極的でスポーツ相のJ・ピッツァーロ代理は「政府は興味を持っている。重要な国際的ラリー開催は正式な検討課題になるだろう」と意欲的な姿勢を見せている。コースもアルゼンチン〜ブラジル〜チリの3国を繋ぐもので、クロスカントリー・シリーズのパタゴニア〜アタカマを既に行っている。また、アルゼンチンでは“ラリー・オブ・パタゴニア”の主催者もダカール・ラリーに代わる大会開催の意向があると報じられている。
一方、中央ヨーロッパでの開催も浮かび上がっている。ハンガリー〜ルーマニア〜ロシアのコースだ。チェコのレーシング・チームは「ASOからの東欧、中欧での開催打診があった」と地元紙にリークしている。
「数年前からASOはブダペストをスタート地点とするラリー開催を打診してきている。ラリー中止の代替えを他の物で償うのは無理。ラリーを開催するのがもっともいい解決法だ」とも語り、開催時期は5月としている。
このほかにもパリ〜北京を再開する話。チュニジア、リビア、エジプトなどを繋ぐルートも語られているが、アフリカ大陸での開催は困難との見方が強い。
ラリー中止でリスボンに集結したチームは、それぞれの基地へと戻った。フランスでは通過予定のポルトガル・ポルティマオの市長が、ASOに市が被った損害賠償を請求する意向を示した、と報じられた。ASOは当分の間、パリダカ・キャンセルの後始末に追われることになるが、中止の翌日(スタート予定日だった)には「新たなラリー開催に今日から取りかかる」と宣言している。
アフリカ大陸を駆け回ったダカール・ラリーは30回目のスタートを切れずに終わった。再びアフリカの地、サハラ砂漠を走る壮大なラリーを再開するのは、今の国際情勢からは至難だろう。サハラのど真ん中、テネレ砂漠やアルジェリアを走れなくなった段階で、パリダカは窮地を迎え、西海岸へ張りついた。そして今、西海岸の南下さえ不可能になった。
思えば1970年代に初めてアラブ・ゲリラによる航空機乗っ取り事件が起こった。海賊のシージャック“に対し、空の“ハイジャック”と言う言葉が生まれた。ハイジャックの危険はエスカレートの一途をたどった。味をしめた“パリダカ・ジャック”という脅しの手口を封ずるのは困難を極める。アフリカ諸国が反政府軍、テロリスト、武装強盗団の封じ込めに手を焼く事態は、今に始まったことではない。
パリダカはどこへ行くのか―。少なくとも今回の中止で、サハラ砂漠の冒険ラリーは終焉を告げたのだと思う。
筆者:中島 祥和 筆者HP