 表彰台のペテランセル(右)とナビのコトレ
 ビアシオンは3位でゴール
 完走した増岡車は遅れて台の上に…
 タイのTVインタビューを受ける増岡
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第8戦 UAEデザートチャレンジ第4(最終)レグ
アラビア砂漠を走る02年UAEデザートチャレンジ最終日の2日はUAE南部のリワ・オアシスからドバイまで535キロ(うちSS405キロ)を行い、三菱パジェロエボリューションに乗るステファン・ペテランセル(フランス)が、4レグのSS合計1488.7キロを15時間21分01秒で走り優勝。2,3位にはジャン−ピエール・フォントネ(フランス)、ミキ・ビアシオン(イタリア)が入り、三菱はトップ3を独占した。日本の増岡浩(三菱パジェロエボリューション)は、3、4レグを連続してトップタイムをマークしたが、初日の転倒、2日目のマシントラブルとペナルティーのため20位だった。
アラビアの大砂漠、ルブ・アル・ハリを4日間、2100キロにわたって走ったラリーが、2日午後にスタート地点のドバイに戻ってきた。ゴールは旧首長の館、王宮前に表彰台が設けられていた。土造りの質素なドバイ首長国の王宮は、入り江を波線で林立する高層ビル群が嘘のように思える。1800年代に作られた“ドバイ最高の建造物”と説明にあった。貴重な水をふんだんに与えられて育つ街路樹やビル群は、原油の国の富を象徴しているようでもあった。
ニッサン・ピックアップ、BMW・X5など03年のダカール・ラリーを視界に置く車がトラブルで後退し、三菱ワークスは“内なる戦い”を強いられることになった。“パリダカ”へ向けてドライバーたちは過酷な砂漠を走り抜けた。
「今回のラリーでは一度もメカニカル・トラブルがなかった。車は砂の深い道でも、砂漠でも、その中の砂丘も速く走れた」と優勝したペテランセルは言った。新型のパジェロエボリューションはペテランセルと増岡が乗る。その増岡は初日に転倒し、2日目にはリア・ディファレンシャルのトラブルで大きく遅れた。しかし、4日間のラリーで残る2日間はトップタイムをマーク。02年パリダカ優勝者の速さを示した。
「初日の転倒は片方の車輪だけがギャップに跳ね上げられた結果だったと思います。デフの問題は解決出来るものです。パリダカではステファンとの勝負になりますが、キチンと走れば決して負けない自信はつきました。このラリーの結果は全てパリダカに生かせると思います」と語っている。
ビアシオンはかつてランチアに乗ってWRC(世界ラリー選手権)を2度にわたって制した名手。「乗るたびにパジェロの状態が分かり、砂漠の走り方に自信が出てくる」と言う。確実に走るフォントネとともに増岡、ペテランセルにとって勝負では気の許せない“仲間”となった。
クロスカントリーではもう名物男になっているジャン−ルイ・シュレッサー(フランス)は、ルノーからフォード・エンジンに切り替える契約の狭間で今回は出走出来なかった。どんな車を仕立て上げてパリダカに登場するか…。
ニッサンは昨年走ったピックアップを整備し、そのまま持ち込んだが、パンクやホイール、クラッチのトラブルで冴えがなかった。現在、南アで作っているパリダカ車にここでのデータどこまで生かせるかどうか…。
BMWもまた、トランスミッション、エンジンの問題で上位には進出出来なかった。X5を03年パリダカまでに信頼性を持たせるかは、時間との勝負。「気温の低いパリダカでは、UAEのような問題は起こらないだろう」とチーム関係者はいっている。
三菱は圧勝だった。豊富なデータも収集出来たようだ。ドミニク・セリエス監督は満足そうにいう。
「皆がよくやってくれた。いいデータも取れた。UAEへの参戦は全ての面で成功だったし、満足している」と。4日間の砂漠のラリーは、参加チームにとって勝負とともに、03年パリダカへの貴重なデータを得たことになる。
○…三菱のサービステントには多くの人がやってくる。かつてラリーの中東選手権チャンピオンのアル・ハジリ(カタール)も、民族衣装でやって来た。
「私は車を買いたいと言っているんだよ。お金はある。お金を払うから売ってくれ、と言っても駄目なんだ」とパジェロエボリューションを指さしていう。
セリエス監督は「この車はここにあるだけしかできていないんだ」と苦笑。そのあとも見知らぬUAEの民族衣装を着た人物が現れ「いくらで買える?」と言う。オイルリッチの国のラリー好きには魅力的なパジェロエボリューションのようだった。
もっともBMWへ行って“商談”をしたUAEの人は「3回ワールドカップに出るのには、約3億円(日本円換算)が要る、と言われた。パジェロはどうだ?」と切り込む。BMWもクロスカントリーのワークス車は、手持ちの2台しかないようで、体よく吹っかけて?断っているようだった。
筆者:中島 祥和
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