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津々見 友彦の「おかしいじゃないか?」
Vol.3 な〜んか変だな
 数年前だが、北海道は苫小牧に行った。街の中でも道路はまずまず広いが、一歩街を離れると道路は空いている。東京や他の都市に比べると何も走っていないに等しい。道も片側2車線で広いし空気も旨い。やはり北海道は良いとこだ。と、感激しながら、ゆるいカーブをのんびりと走っていると、何だか道路の脇にパトカーらしいものが止っている。左側にこちらを向いて置いてある。よくある看板らしい。「あ〜、パトカーの看板だな。それにしてはよく出来てるな〜。本物を置いてるみたいだなあ。」と、思いながら近付くと人影がある。「なるほど人形まで乗せているのか」と、すっかり感心した。が、更に近付くと突然ドアがガバッ!と、開いて人がなんとなく嬉しそうな雰囲気で、飛出してきた。とっさのことで何が起きたのか見当が付かなかった。が、赤いランプを持ったその人は私を止めようととしているではないか。それでやっと気が付いた。「しまった!スピード取り締まりか!」

 なにしろこちらはスピードをオーバーしているつもりは全くない。のんびり走っているつもりだったのだ。50km/hの制限速度を27km/hオーバーしていると言う事だ。

 確かに法律を侵すのはこれはいかん。許されない。勿論スピード規制もこれも法律だ。が、もともとの安全制限速度を故意に低くしておいて、それをオーバーすると違反だとするのは理不尽な気がする。これでは”おとり捜査”みたいなもので、現代の”お犬様”なのか。TVの忠臣蔵の徳川将軍のように無理矢理犬を保護して、いじめた者に懲罰を与えるようなものだ。実態速度とのかい離が問題だ。勿論、身体を張って頑張っている交通警官諸氏には感謝こそすれ文句は言うつもりはない。このような安全速度を低く設定したお上に文句がある。どうやってこの道路の速度規制を決めているのだろうか。安全速度とはなにを基準にしているのか。確かに速度規制の始った昔はスピードが100km/hも出せば危なかったろう。まず道路が悪かった。凸凹道でハンドルは取られるし、ブレーキも利きにくい。次にタイヤもよくなかった。昔はせいぜい165サイズ程度の狭いタイヤで、しかもバイアスでハンドリングも悪い。このプアーなタイヤで重い車が走っていたから止らない。曲らないの時代があった。ブレーキもドラムで利かない。

 が、今は違う。道路は整備され、タイヤはよくなり、ブレーキもサスペンションも格段に向上し100km/hの速度はもはや危険ではない速度だ。だが、交通行政だけは進んでない。車は移動手段としてスピードは命だ。安全にかつ速く車を移動させてこそ車の上手な走らせ方である。そのあたりが交通行政の腕のみせどころだ。警視庁の試算でも都内が渋滞すると1日で数億円の経済的ダメージが発生すると発表している。解っているのならもっと合理的交通行政を行なって貰いたいものだ。車には安全速度が必要だ。たとえ制限速度が40km/hでもそこに人が歩いていたり、子供や自転車がいたりするとこの速度は安全速度ではなくなる。が、それらの人が居なく横道もない時には100km/h以上でも安全なのだ。(続く)

筆者:津々見 友彦 Update:1999/10/11




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